「心に咲く花会」樋野興夫コラム

一般社団法人がん哲学外来 理事長 樋野 興夫(順天堂大学 名誉教授)コラムです

第262回「心に咲く花会」 『時代を超えた原点』 〜 『訪れる人を 温かく迎い入れる』 〜

2023年4月28日病理組織診断の業務を行なった。 2023年4月29日は、講演『北総がんカフェ in 佐原:樋野興夫先生 特別講演会 〜 なぜ、がんカフェをはじめたのか?』を依頼された(添付)。 今回の主催者でもある大串眞先生からは、前回、【樋野先生が順天堂大学にて なぜ 『がん哲学外来メディカルカフェ』を始められたか、その経緯などについて わかりやすくお話いたただき、また、『がんカフエ』を全国に広めていく意義について お話いただきたいと話し合いました。―― まず、『入門的な立ち上げ』が今回のコンセプトです。 実際のカフェは、2023年度から、年4回ほどを『北総がんカフェ』の一つとして考えています。 『北総がんカフェスタッフ』が協力します。 3人のスピーカーは、10分ずつ先生の講演の後です。―― これらの話のあとで、会場の人と質疑応答をします。―― 『なぜがんカフエをはじめたのか?』という感じの題で、お願いいたします。】とあった。 今回も同様であろう!

 

今回は、【『がん病理学』 は「がん」に関しての学問で、 『形態』 、 『起源』、 『進展』などを追求する学問分野である。 当然がん研究者だけのものでなく、一般社会の人々の為の学問でもある。 がん病理学者が『がん』 をどの様に考えるかは、とても大切なことである。 なぜなら『がん』に対する概念が世界観、人生観、ひいては日常の決断や行動をも時には決定するからである。『がん』の『起源』 と『進展』を学ぶことは、ある意味では人生の意義と目的の『静思』 へとも導くものと考える。 これこそ、『がん病理学者の社会貢献』である。】。
さらに、【以前、勝海舟(1823-1899)の屋敷があった赤坂で、講演に呼ばれた。『勝海舟の胆力 〜 がん哲学外来の心得 〜』は時代的要請となろう。 母を亡くして 悩んでいるクララ・ホイットニー(Clara A. N. Whitney、1860-1936)に対して勝海舟の奥さん(勝民子、1821-1905)の言葉;『悲しい時には 私達の所へいらっしゃい、一緒に泣きましょう、そしてあなたが 仕合せな時には 一緒に笑いましょう。 さあ勇気をお出しなさい、—— これから先の長い年月のことは考えず、今日という日以外には 日がないと思って ただ毎日をお過ごしなさい』は、『訪れる人を 温かく迎い入れる』原点でもあろう。】の2点も強調して述べる
予定である。 これは『時代を超えた がん哲学 & がん哲学外来の原点』である。


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第261回「心に咲く花会」 『みんなの教室』 〜 『つながる敷居の低い居場所』 〜

2023年4月23日早朝 筆者が顧問を務める『21世紀のエステル会』の編集担当の海老澤氏(がん哲学外来さいわいカフェin茨城・筑西代表)から『日めくり写真』が送られて来た(添付)。【<21世紀のエステル会発足趣旨>は、連載記事がきっかけで樋野興夫先生をお招きし、メディカルカフェを開設した3名(代表:金田氏 『川口がん哲学カフェいずみ代表』、広報部長:田鎖氏『がん哲学外来メディカルカフェひばりが丘代表』、企画部長:太田氏『がん哲学外来白鷺メディカルカフェ代表』、編集部長:海老澤氏)が、実際にカフェの運営を担う中で生まれる疑問や気づきを共有し、相互交流をしようと集まりました。 それぞれのメディカルカフェの活動の実践から学びあい、直面する課題を分かち合うことによって、これからのメディカルカフェの在り方を共に考えたいと願っています。)】と謳われている。

 

その後、新幹線で名古屋での『第13回みんなのがん教室』での講演に向かった(添付)。 新幹線の車内からの『雪が積もる壮大な富士山の姿』には、大いに心が癒された。 講演会を企画された彦田氏(10歳のハイジ)の大学生の娘様と同級生が名古屋駅に迎えに来てくださった。 名古屋駅――>春日井駅で下車し、会場に向かった。 筆者の友人で医師である瀬戸先生と奥様(10歳のマリア)、病院の緩和ケア病棟;星原氏(100歳のかぐや姫)も参加されていた。 長野県からも参加されていた。 驚きであった。 講演会場は、満席であった。藤坂 図書館長の司会で講演会が進行された 。帰りは、『つながる保健室(敷居の低い居場所 First Contact Team)』の保健委員で 看護師の大野氏が運転で、新守山駅まで見送って頂いた。【『つながる保健室』の趣旨は、ふらっと立ち寄って おしゃべりしたり、一息ついたりする場 ここにあるよ、なんかあったら来てね、何にもなくても…来ていいよ。 ココは…病院でも診療所でもクリニックでもありません。 話したり聴いたりすることで解決はできなくても解消にはつながることをきっかけとして『小さじ1杯分、5g』でいいから…軽くなってほしい。 保健室に来たときにはちょっと重かった気持ちや想い、こころやからだが帰るときには少しでもスッキリしていたら嬉しいです。】と謳われている。 筆者は、新守山駅から電車で、名古屋駅に向かった。 今回は、大変有意義な充実した貴重な『名古屋の旅』となった。
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第260回「心に咲く花会」 『言葉の復学』 〜 『教育の意義』 〜

2023年4月18日順天堂大学保健医療学部 理学療法学科の2年生の第2回目講義『病理学概論』(14: 50~16:20)に赴いた(東京都文京区)。 今回は、教科書『カラーで学べる病理学』を用いて、第1章『病理学の領域』【「病理学の概要」、「疾病の概要:疾病の誘引と回復力、個人差と個人の反応:生活習慣病」、「人体病理学と実験病理学」、「病理学と臨床医学:診断病理学(病理診断、細胞診断)、「病理解剖」】、『コラム:ポストゲノム医学とプレシジョン・メディシン』、さらに 第2章『細胞・組織とその障害』【「細胞の構造と機能」、「組織:上皮組織、支持組織」、「細胞障害」、「壊死とアポトーシス:壊死、凝固壊死、融解壊死、特殊な壊死(乾酪壊死、壊疽、ミイラ化)、「アポトーシス」、「萎縮:生理的萎縮」】の箇所を音読しながら進めた。 誰も眠ずに、真摯に授業に出席する学生姿には大いに感動した。 4月19日は、順天堂大学保健医療学部 診療放射線学科の講義『病理学概論』(13:10~14:40)と『がん医療科学』(14:50~16:20)である。 初回の授業であるのでスライドを使用しながら進める。 その後は、大学院修士課程(医科学コース)講義『がんと遺伝子』(19:45~21:15)に向かう。 前回 4月12日は『がんの定義、自然史と介入』で、今回は2回目の講義【発がん機構総論】である。【病理学概論】ー>【がん医療科学】ー>【発がん機構総論】と、【3連ちゃん症候群】である! 4月20日は、ルーテル学院大学(東京都三鷹市)で【現代生命科学】の授業である。

 

『純度の高い専門性と社会的包容力』&『新渡戸稲造(1862-1933)〜真の国際人 〜』が授業のモットーである。 新渡戸稲造が愛読したトーマス・カーライル(Thomas Carlyle, 1795-1881)の『サーター・リサータス:衣装哲学』の『“Do thy Duty, which lies nearest thee, which thou knowest to be a Duty”(汝の義務を尽くせ。汝の最も近くにある義務を尽くせ、汝が義務と知られるものを尽くせ)』と『真に偉大なる人とは、青年と心を結べる人なり』(新渡戸稲造)の『言葉の復学』でもある。 人生邂逅の三大法則は、『良い先生、よき友、良い読書』である。 そして、人生は開いた扇のようである。 人生における出会いは、出会った時に受ける影響だけに留まらず、20~30年後に影響してくる『教育の意義』を実感する日々でもある。 学生への授業は、筆者自身の『学びの時』でもある。

第259回「心に咲く花会」 『救済の書』 〜 『逆境を超えてゆく』 〜

2023年4月13日東洋経済新報社から『もしも突然、がんを告知されたとしたら。』(添付)が送られてきた。【不安や悩みは解決しないけれど、解消できる―。 この本は、5000人以上のがんを告知されて不安や悩みを抱えた患者と家族に 対話を通じて寄り添う活動を続けている医師が、人生の困難に直面したときに、自分の生き方を見つめ直すきっかけをつかんでもらうことを願って書いた本です。 読みやすい小説仕立てになっていますので、自分が、家族が、大切な人が、がんになって不安でたまらない気持ちになったとき、読んでもらいたい1冊です。】(Amazonサイトより)。 表紙の帯には【5000人以上のがん患者と家族に寄り添い 生きる希望を与えてきた医師が送る、救済の書!】と紹介されている。 人生の岐路に立つ足元を照らす、そんな〝言葉の処方箋〟となり、人生の〝よき相棒〟となることを祈り、本書を捧げます。 筆者は、2008年に『がん哲学外来』を始めてから、多数のがん患者とその家族に出会い、『人は、存在自体に価値あるものなのだ』と学んだものである。 いかなる境遇であろうと、人生をあきらめてしまいたくなるような〝とき〟が訪れていようとも、『人生から期待される生き方』(主婦の友社発行2017年)を実感する日々である(添付)。

 

『一生』という時間の中には、無力感にさいなまれる〝とき〟がある。 日本人の精神性を世界に広めた名著『武士道』の著者の新渡戸稲造(1862~1933年)は、体調を崩してカリフォルニアに転地療養中に書き上げたのが『武士道』である。筆者は、2007年から『武士道』の読書会を行なっている(添付)。 2023年4月16日の読書会の箇所は、『武士道』の第14章『婦人の教育および地位』である。 今回は、野澤登美子氏と木戸良江氏が、音読の担当である。 大いに楽しみである。【人生はユリ根のようなもので、剥いでも剥いでもまだ中があるようだ。 一枚でも多く剥いだ人は、それだけ人生を多く味わった人と言うべきだろう。 剥いで剥いで中心に到達しなければ 人生は到底わからないものであるが、途中まで剥いだ人は とかく中心まで剥いだかのように言う。 辛い経験をした人は 人生の奥もまた辛いものであると早のみ込みをする。 今までがこうだったからこうであろう、と判断するのだろうが、それは必ずしも的を得ていない(実業之日本社刊『逆境を超えてゆく者へ』より)。】とある。


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第258回「心に咲く花会」 『富士山子』 〜 幼年時代のインプリンテイング 〜

2023年4月8日の東京ゴスペルハウスでの講演会で『冗談とニューモア(you more)溢れる』司会者が、筆者のことを『富士山子』と紹介された。 大いに感激した。 また、2023年4月9日早朝には 甲府の岩間孝吉先生から『富士山、白雪を頂いております。』と富士山の写真(添付)が送られて来た。 ただただ感謝である。 筆者が『富士山子』と言われるようになった由縁は、【今は亡き母の、筆者の誕生の年(1954年)の元旦の夢が『富士山(3776m)』であり、筆者は、幼児の時から『富士山子』と母に励まされたものである。 故に『富士山』には特別な思いがある。 幼年時代のインプリンテイングは生涯に影響を与えるものである。 幼年期の教育の重要性を痛感する今日この頃である。】 2023年4月9日アメリワシントン州に在住の娘から『Happy Easter Papa! You will enjoy seeing Mt. Rainier this summer in Washington! I think it looks a lot like Mt. Fuji! 』と写真が送られて来た(添付)。 涙無くして語れない!【Mt.Rainier(レーニア山)は、アメリカ西海岸の北部ワシントン州にあり、カスケード山脈の最高峰である成層火山である。高さは4,392m】とのことである。

 

2023年4月9日山河正信氏から【病理学者・樋野興夫著作 新刊書『もしも突然、がんを告知されたら としたら ― なんで、私なの ー』東洋経済新報社刊が上梓されました。 初めてがんを告知された時、誰もの頭を過るこの言葉がタイトルになっている本に目を通されることをお薦めします。 沢山の『言葉の処方箋』、『言葉の院外処方箋』を樋野先生は出されていますが、全国統一地方選 魔真っ只中、政界諸先生方々に是非識って頂きたい同先生の持論があります。 “日本肝臓論”はフェイスブックに投稿させて頂きました。 県会議員候補者等に見て貰いたく、しかも丁度映画制作クラウドファンディング/リターン品”雄武の韃靼そば”が届き、先生の新刊上梓の紹介を兼ね、新渡戸稲造先生と樋野先生のイメージオーバーラップを狙ってみました。】との心温まる励ましのメッセージを頂いた。 また【樋野先生は尊敬し目標とする、先達 新渡戸稲造先生、その『新渡戸の夢映画』化が決定した】とのことである。 今回、『わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。』(ヨハネによる福音書20章29節)が鮮明に蘇って来た。 本当な『不思議な人生の繋がり、出会い』である!


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第257回「心に咲く花会」 『教育者の原点』 〜 『苦痛に対する思いやり & 他人の感情を尊敬する』 〜

2023年4月3日午前 筆者は、理事長として世田谷区の経堂での恵泉女学園中高教員の辞令交付に参上した。 新渡戸稲造(1862-1933)の『優雅な感情を養うは、他人の苦痛に対する思いやりを生む。しかして他人の感情を尊敬することから生ずる謙遜・慇懃の心は礼の根本をなす』が鮮明に蘇って来た。 これこそ『教育者の原点』であろう! それから、小田急多摩センター駅に向かい、多摩市の恵泉女学園大学の2023年度入学式に赴いた。 筆者は『入学生と保護者』に挨拶の機会が与えれた。 大変真摯な『入学生と保護者』には、大いに感動した。

 

河井道(1877-1953)は、創立10周年を機に『”My Lantern”(わたしのランターン)』著した(1939年)。 筆者は『わたしのランターン』を拝読したものである。『よりよいゴールにむかって 人生の道を勇ましく前進させる』の文章が特に印象に残っている。 河井道は、1887年スミス女学校(現在:北星学園 女子中学高等学校)(北海道札幌市)に入学し、当時札幌農学校で教えていた新渡戸稲造と邂逅した。 1898年 新渡戸稲造夫妻に伴われて渡米し、ブリンマー大学に入学する。『河井道の育ての親』の箇所には、【河井道は新渡戸稲造に、プリンマー大学の入学、卒業を援護してもらってる。 その後、河井道は学校設立の為に、国際連盟事務次長(1920-1926)の新渡戸稲造に相談にジュネーブにわざわざ行った。 その時に新渡戸稲造は、『君はこれから女学校でも創立すると、その経営に苦しんで終わり、理想とする教育には手を下しえないで果てるだろう。 ほかにやる用事はたくさんにあるから、思いとどまれ』(『新渡戸博士追悼集』の河井道の文章)と言っている。 しょげて日本に帰国した河井道でしたが、あきらめなかた。 そして丁度1928年、新渡戸稲造は 台湾在住の男性からの寄贈を辞退して、台湾在住の男性に『資金繰りに困っている河井道に寄付金として送るよう』伝えた。 そして1929年 恵泉女学園を創立した。】とある。

 

入学式の後、昼食を済ませて教授会に出席した。 終了後、京王多摩センター駅から電車での帰宅中、 筆者が広報委員を務める日中医学協会から『樋野先生 HPにアップしました。https://www.jpcnma.or.jp/news/p5908/ 』との心温まるメールが届いた。 筆者の本は、既に、何冊か中国語にも訳されている。

第256回「心に咲く花会」 謙虚で、常に前に向かって 〜 段階ごとに辛抱強く 〜

最近、筆者は『純度の高いお医者さんに 出会いたいと思います。 そういうとき、やはりネットの情報は役に立つのでしょうか ?』との質問を受ける。 科学としての『がん学』を極めることは、『森を見て木の皮まで見る』ことであり、『がん哲学外来』はマクロからミクロまでの手順を踏んだ『丁寧な大局観』を獲得する『厳粛な訓練』の場でもある。 筆者は『陣営の外』で気づかされ、日々勉強である。 そして、何時も下記を述べることにしている。

 

『医師の2つの使命』
(1)『学問的、科学的な責任』で、病気を診断・治療する
(2)『人間的な責任』で、手をさしのべる。

『医療から見た社会維新の5ヶ条」
(1)『明晰な病理学的診断』
(2)『冷静な外科的処置』
(3)『知的な内科的診療』
(4)『人間力のある神経内科的ケア』
(5)『人間の身体に起こることは、人間社会でも起こる=がん哲学』

『風貌と胆力の7カ条』
(1)自分の研究に自信があって、世の流行り廃りに一喜一憂せず、あくせくしない態度
(2)軽やかに、そしてものを楽しむ。自らの強みを基盤とする。
(3)学には限りないことをよく知っていて、新しいことにも、自分の知
らないことにも謙虚で、常に前に向かって努力する。
(4)段階ごとに辛抱強く、丁寧に仕上げていく。最後に立派に完成する。
(5)事に当たっては、考え抜いて日本の持つパワーを充分に発揮して大
きな仕事をする
(6)自分のオリジナルで流行を作れ!
(7)昔の命題は、今日の命題であり、将来のそれでもある。