「心に咲く花会」樋野興夫コラム

一般社団法人がん哲学外来 理事長 樋野 興夫(順天堂大学 名誉教授)コラムです

第330回「心に咲く花会」 『生産的構想力』 〜 人格をつなぐのは言葉 〜

2024年2月17日、2004年に南原繁(1889-1974)没30周年で『南原繁研究会』を 一緒に立ち上げた山口周三氏から【小西芳之助著『主の御名を呼ぶ』】が送られて来た。 早速、拝読した。【道元の言葉『多くのことについて博学になるのは難しい。 それを捨てよ。 唯一事について博学たらんことをつとめよ。 それをよく勉強せよ。 一行を堪忍をもってなせ』 & 『あなたの近くにある。 あなたの口にあり、あなたの心にある』&『人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです』(ローマ人への手紙10章8節、10節)】の復学の時となった。 ただただ感謝である。

筆者は、2019年に、南原繁研究会の3代目の代表を仰せつかった。 2024年2月17日(16:00〜18:30)は、『第233回南原繁研究会』にZoom参加した。 今回のテーマは、【南原繁著作集第二巻『フィヒテの政治哲学』第I部フィヒテ政治理論の哲学的基礎:第一章『知識学』の発展と政治哲学、第二章政治・道徳・宗教の関係】&【カント『啓蒙とは何か』】であった。『感性vs知性vs 理性』&『生産的構想力』の『純度の高い専門性』の学習となった。

筆者は、若き日に全巻『南原繁著作集1〜10巻』を購入し熟読したものである。若き日に読んだ、南原繁著作集第二巻『フィヒテの政治哲学』には、『人間は ただ人間のなかにおいてのみ 人間であり得る。』の言葉がある。 『継続は力なり』を実感する日々である。

想えば、筆者は、南原繁没30周年記念事業でスタートした『南原繁研究会』(2004年) 以来、南原繁のご長男 南原実(1930-2013)先生とは毎年、南原実先生宅でのクリスマス会に伺ったものである。 wifeと一緒にお逢いして、南原実先生ご夫妻と夕食をしながら、楽しい時が与えられた(添付)。 筆者にとっては『未来に生きる君たちに』(南原実 著)の貴重な得難い『人生の特別ゼミナール』の時間でもあった。【『ふたりの人格をつなぐのは、コトバなのだ。―― コトバは、ついには、マナザシのなかへと昇華する。』&『おろかな考えは偶然が運んでくるが、かしこいことばは 叡智からくる。』】が、今回 鮮明に思い出された。

第329回「心に咲く花会」 『リーダーの清々しい胆力』 〜 『知恵と洞察、勇気ある行動』 〜

2024年2月14日 南原繁研究会企画委員会に、筆者は、南原繁研究会代表として、Zoom出席した。 今年、企画されているシンポジウム、シンポジスト、パネリスト人選について、議論された(昨年のチラシ;添付)。 大変有意義な充実した委員会であった。 今年は、南原繁研究会創立20周年、南原繁(1889-1974)没50周年である。

2004年にスタートした南原繁研究会 【初代代表、鴨下重彦 先生(1934年-2011年、東京大学名誉教授、国立国際医療センター名誉総長)、第2代代表、加藤 節 先生(成蹊大学名誉教授)】の3代目の代表を筆者は、2019年 南原繁生誕130周年を祝し、仰せつかった。 

南原繁は、内村鑑三(1861-1930)と新渡戸稲造(1862-1933)から大きな影響を受けた。 新渡戸稲造は、日露戦争後7年間、第一高等学校の校長を務めているが、南原繁新渡戸稲造校長時代の一高で学び、影響を受けた。  一高時代、南原繁は『聖書之研究』を読み始め、東大法学部に入学後、内村鑑三の聖書講義に出席するようになった。  東大卒業後 南原繁は、内務官僚から学者に転進し、ヨーロッパ留学を経て東大教授となり、政治学史を担当、政治哲学を深め著作を発表する。 そして戦争中は社会的発言は意識的に控え、ひたすらに学問に打ち込む。  その態度をして、『洞窟の哲人』と呼ばれたほどである。 

しかし1945年3月10日の東京大空襲の前日に法学部長に就任、日本の敗色濃厚となった中で、法学部の有力教授たちと終戦工作を相談し、重臣らと接触した。 そして戦後、東大総長に就任、国家の再建を呼びかけ、戦後改革の理想を掲げて、ことに教育改革に主導的役割を果して行く。

南原繁が東大総長時代の法学部と医学部の学生であった二人の恩師から筆者は、南原繁の風貌、人となりをうかがった。【『時代を動かすリーダーの清々しい胆力』としての『人間の知恵と洞察とともに、自由にして勇気ある行動』(南原繁著の『新渡戸稲造先生』より)】という文章が 想い出される今日この頃である。

 

第328回「心に咲く花会」 『カフェの心得と原点』 〜 『訪れる人を 温かく迎い入れる』 〜

2024年2月10日早朝、筆者は『百万本のバラ』と『下町の太陽』を拝聴した。 それから、順天堂大学に寄って、定例の『お茶の水メデイカル・カフェ in OCC』(添付)に向かった。 今回、初めての参加者もおられた。

『開会の挨拶』で、2月7日の『三浦修道院』での懇談会について語った。 その後、筆者は別室で、個人面談の時も与えれた。 大変有意義な充実した貴重な時となった。 その後、会場で参加者全員のコメントをお聞きした。 皆様の真摯な姿には、大いに感動した。

『閉会の挨拶』で、筆者は、勝海舟(1823-1899)の奥さんの民子(1821-1905)の言葉と、ゲーテ(1749-1832)とヨハンナ・シュピリ(1827-1901)の『喜んで無邪気に 小さなことに 大きな愛を込める』を紹介し、さりげなく『訪れる人を 温かく迎い入れる = OCCカフェの心得と原点』を語った。

また、アメリカの南カリフォルニアで、メディカルカフェを開催されている石嶋まりこ氏からのメセージと韓国のソウルのミョンジ(Myongji)大学で、『メディカルカフェ in ソウル』を開設され、筆者の韓国語の本の出版を企画されている平田夫妻が、次回のOCCカフェ(3月23日)に参加されること、 また、筆者の本が北京大学出版社から中国語訳が出版(2017年;添付)されたことも紹介した。

『われ21世紀の新渡戸とならん=われ日本海(日本&韓国&中国)の懸け橋とならん』を冗談を本気で語った。 【『冗談を本気で実現する胆力の育成』は、『お茶の水メデイカル・カフェ in OCCの心得と原点』】であろう! 筆者の本を持参され方もおられ、サインを依頼された。大いに感激した。

終了後は、別室でスッタフと、反省会の時を持った。 また、次回の『お茶の水メデイカル・カフェ in OCC』と7月20日『12周年記念』についっても触れられた。 次回の『お茶の水メデイカル・カフェ in OCC』の後の『カラオケ大会』での筆者の『おまえに』&『くちなしの花』&『すきま風』の3曲が話題になった。

 

 

 

 

 

 

第327回「心に咲く花会」 温かく迎える 〜 木を植える 〜

2024年2月7日、『ひばりヶ丘駅―>池袋駅―>横浜駅―>三浦海岸駅』から神奈川県の『聖母訪問会 三浦修道院』に赴く。2019年の『神奈川県全域・東京多摩地域の地域情報紙タウンニュース』に広報されている。
メディカルカフェ がんの不安、対話で解消 三浦修道院で交流会

2021年の『がん哲学外来 メデイカル in 三浦海岸』チラシ(添付)である。
【『がん哲学外来カフェ』は樋野興夫 先生(順天堂大学名誉教授・医学博士、新渡戸稲造記念センター長)の提唱により始まりました。 がんを患う患者だけでなく、家族、遺族、友人が集い、お茶を飲みながら思いを聞きあい、語り合う場所です。】と紹介されていた。 

第60回『楕円形の心』(2018年10月13日)に、【『聖母訪問会 三浦修道院』を訪問する機会が与えられ得た。 シスターと 楽しい語らい、修道院の中の聖堂、外の庭、畑を散歩した。まさに、『エコロジカルに生きる共同体』であり、何時の日か、『Medical Village』の拠点となり、『マリヤ がん哲学外来カフェ in 三浦修道院』が、開設される予感がした。 『マリヤ と エリサベツ』との『訪問』の物語が、鮮明に甦ってきた(ルカの福音書 1章 39−45 節)。『訪れる人を 温かく迎い入れる』原点でもあろう。大変、貴重な時となった。】とある。 そして、『がん哲学外来 メデイカル in 三浦海岸』が現実化した。
 
第169回『心に咲く花会』(2021年11月6日)には、【『希望』は、『明日が世界の終わりでも、私は今日りんごの木を植える』行為を起こすものであろう。  『自分の命より大切なものがある』ということを知ることは、『役割意識 & 使命感』の自覚へと導く。】と記述したものである。大変有意義な充実した『がん哲学外来 メデイカルカフェ in 三浦海岸』であった。

三浦海岸駅で出迎いして頂き、『聖母訪問会 三浦修道院』に向かい、スタッフ8名の皆様との懇談会の予定である。 まさに、『エリザベトが来訪者マリヤを温かく迎えたように・・・』の実践である。

 

第326回「心に咲く花会」 『人生の実践』 〜 『勇気を出しなさい』 〜

2024年2月4日 85歳の写真家の河合章氏『(樋野動物園入園名:ヌー Gnu)樋野動物園2号には、アフリカで撮られた動物写真を掲載されている。)』から、富士山の写真が多数送られて来た。『樋野先生 今回は、本栖湖の湖畔から撮影した写真です(添付)。 この写真は、千円札の裏側に描いてある、絵の場所の写真です。 絵では、湖面に写った富士山が逆さ富士となっていますが 実際撮影時には、風のため水面が揺れて、逆さ富士は、見られませんでした。』とのコメントが記載されていた。 河合章氏の『誠実な真摯な姿勢』には大いに感動した。まさに、『役割意識と使命感を持った人生の実践』であろう。

『病院も診療所もない漁村(鵜峠)』(添付)で生まれた筆者は、幼年時代から母:樋野壽子(1923年2月20日 〜 2019年6月3日;96歳で逝去)に『誕生の年の初夢に富士山を見た=富士山子』と育てられ『富士山』には特別な思いがある。

今回は、【『自分より他人を』(マザー・テレサ(1910-1997)の祈り:ドン・ボスコ社発行)】の復学である。

『暇がなくなる時、時間を割いてあげる相手に出会えますように』

『理解してもらいたい時、理解してあげる相手に出会えますように』

『かまってもらいたい時、かまってあげる相手に出会わせて下さい』

『私が自分のことしか頭にない時、私の関心が他人にも向きますように』】

2月5日は、東京都東久留米市にある自由学園初等部(稲村祐子先生の企画)での【特別講演&映画会】に赴く(添付)。

2008年にも自由学園で授業を依頼されたことが想い出された。【今週、父母会の推薦とのことで、自由学園で小学6年生に授業『人生開いた扇:新渡戸稲造に学ぶ』を依頼されている。 今回、心に深く残った『勇気を出しなさい』(使徒の働き:23章11節)を、生徒らにも捧げたく思う。 まさに体験に基づく『言葉の伝承』であり、教育の根本である。教育は示すことである。」】

 

 

 

 

 

 

第325回「心に咲く花会」 『そっと寄り添う』 〜 人生を変える言葉の処方箋 〜

2024年2月3日『第59回がん哲学外来メデイカルカフェin 常盤台』での講演『愛を込めて思いやり 〜 賢明な寛容 〜』に赴く。

『常盤台バプテスト教会』牧師 友納靖史先生には、『写真日めくり 人生を変える言葉の処方箋 英訳付き』(いのちのことば社2021年10月1日発行)(添付)で、大変お世話になった。 月刊誌『いのちのことば2』(2022年2月号)の13ページに友納靖史先生の『写真日めくり 人生を変える言葉の処方箋 英訳付き』の書評『そっと寄り添う言葉と写真』が掲載されていた(下記)。 友納靖史先生には、ただただ感謝である。

【既刊『日めくり 人生を変える言葉の処方箋』(いのとのことば社、2019年)(添付)も愛用されていますが、この写真日めくり・英訳英付き出版のニュースを聞き、『待っていました!』と心の中で叫んでしまいました。 『全力を尽くして、心の中でそっと心配する Do your best, then keep any worries quietly in your heart.』。 第一日目に掲載された言葉の意味を、著者で医師・樋野興夫氏は勝海舟の言葉と紹介します。 --- 各地で出会う方々の心と魂に処方された氏の言葉からの厳選珠玉集。 人生で思いもよらない病を身に負うことになった方々にどう関わってよいのか、誰もが悩みます。 --- この一日目の言葉は響きます。--- 病を負う方が日々、心の中に抱える苦悩に寄り添いたいとの願いは、国境を超えて同じす。 既刊『日めくり 人生を変える言葉の処方箋』に励まされた方々の声をお聞きし、英訳版があると海外在住邦人や外国人の家族などにもお届けできるのに…と思っていました。 このたび、美しい自然の風景が加えられ、目にも優しくしみる英訳付き『写真日めくり』の出版は、樋野先生の言葉を使わせて頂くなら、『世界的偉業です』。 --- “そっと”寄り添い、その先にある確かな御言葉の慰めを求める心を呼び覚ます一冊とされることでしょう。】

今回、【新渡戸稲造(1862-1933)生誕150周年記念事業『みぎわほーむ開設記念』第一回市民公開シンポジウム『がん哲学外来カフェ in 長崎』】(2012年4月20日)(添付)の講演の座長を友納靖史先生にして頂いたことが鮮明に蘇って来た。

 

 

 

第324回「心に咲く花会」 『人生の真髄』 〜 『内から湧き出るjoy』 〜

最近、筆者は、医療系の新刊の『巻頭言』、『帯』を依頼されることがある。
【『役割意識 & 使命感の自覚』と『練られた品性と綽々たる余裕』は『人生の真髄』】である。 人間の尊厳に徹した医療の在り方を考え、『潜在的な需要の発掘』と『問題の設定』を提示し、『病気であっても病人ではない』&『他人の苦痛に対する思いやり』は、医療の根本であり、患者の視点に立った医療が求められる現代において 本書は『必読書』となろう。】と 常に記述する。
人間は自分では『希望のない状況』であると思ったとしても、『人生の方からは期待されている存在』であると実感する深い学びの時が与えられている。 現代は、『表面的なhappy』vs『内から湧き出るjoy』の違いの考察の時ではなかろうか! まさに、【『多様性のある居場所』 ~ 賢明なる配慮 ~】である。 

【電子計算機時代だ、宇宙時代だといってみても、人間の身体のできと、その心情の動きとは、昔も今も変わってはいないのである。 超近代的で合理的といわれる人でも、病気になって自分の死を考えさせられる時になると、太古の人間にかえる。 その医師に訴え、医師を見つめる目つきは、超近代的でも合理的でもなくなる。 静かで、淋しく、哀れな、昔ながらの一個の人間にかえるのである。その時の救いは、頼りになる良医が側にいてくれることである】(吉田富三:1903-1973 の言葉)である。

また、『医師は生涯書生』・『医師は社会の優越者ではない』・『医業には自己犠牲が伴う』(吉田富三)は、まさに、現代にも生きる『医師の3ヶ条』であろう。さらに、【医師が患者という人間をみる『眼』の問題は、近代医学教育と、医師の修練過程のどの部分で、どれだけ重視されているのか。 そこを考えると、疑問なきを得ない。】(1967年)と指摘している(添付)。

まさに、【患者・家族の苦痛の軽減・療養生活の質の向上を目標とし、相談支援・情報提供で、健康問題や医療の現状、命の大切さなどを総合的に学習する。】と文部科学省の『がん教育』でも謳われている(添付)。