「心に咲く花会」樋野興夫コラム

一般社団法人がん哲学外来 理事長 樋野 興夫(順天堂大学 名誉教授)コラムです

第4回『一億本の向日葵』~運動会、今この時を生きる~

第4回『一億本の向日葵』~運動会、今この時を生きる~

「もう運動会でない!」

竹馬になかなか乗れない息子が言う。

本番があと1週間と迫った頃、保育園から運動会のプログラムが届いた。そこに描かれた喜び溢れる運動会の絵。

運動会

「これね・・・ボクが描いたの。みんなが選んだんだよ!人気だった!」

苦手な竹馬に乗れず、運動会に出たくないと言っていた息子の中にはこんなイキイキとした運動会の風景が思い描かれていたのを知り、感動を覚えたと同時にそれぞれに頑張り方も楽しみ方も違うのだと確認させられた。

雨の為、運動会は体育館で行われたが、多くの家族が集まり会場は熱気に包まれていて、この日のために、何度も何度も練習を重ねてきた子供たちと先生からは緊張感と期待感が感じられた。息子が通う保育園の運動会は、保護者が参加する競技がとても多く、今年母として参加した競技は、親子リレー、玉入れ、綱引き、仮装リレー(ムカデ競争)の4つ。特に年中クラスからタスキが繋がれる親子リレーは、親としても責任重大である。日常生活ではまずすることがない全力疾走。「足がもつれて転ばないように、何とかタスキを繋ぎたい・・・滑稽な姿は見せたくないね。」そう一緒にリレーの順番を待つお母さんと話しながら、「あんなに小さな子供たちも、同じようにプレッシャーを感じ緊張しながら頑張っているんだな」とふと思った。恐怖感や不安感は、大人や子供に関係なく平等に湧き上がるのだけど、みんな逃げることなく走り切っていた。子どもたちから繋がれたタスキ、我が黄色チームのタスキは一周遅れのトップで(笑)(←樋野先生ご講演で見たスライドの中の1位を走るランナーは必死であるが、一周遅れのトップのランナーは口笛を吹いている絵を思い出す。)私の前に回ってきた!どう頑張っても挽回は厳しいが、息子たちの本気に敬意を示し、私も全力で走る姿を見せた。私に限らずすべてのお父さん、お母さんが全力で走り切った。さっきまで「きれいなフォームはこうでああで、カーブは小さな歩幅で」なんて話していたのにいざ本番では、走り方は完全に度外視。恥ずかしさなんてお構いなし。夢中で走り始めてからは、さっきまでの恐怖感や不安感は一切頭から吹き飛んでいた。結果は残念ながら最下位だったが、結果なんてどうでもよかった。

「転んでケガをするかもしれない」

「恥ずかしい思いをするかもしれない」

この恐怖感や不安感は、過ぎてしまったらもう味わえないのだと知った時、

その不快な感情でさえ尊いものに思えた。大げさだけれど、生きている証であった。

筋肉痛の手足、震える膝(笑)。あまり使われていなかった筋肉の存在を感じながら、「運動会、この時を生きる」を書く。ケガをしたら仕事にいけない。今日中に仕上げなきゃいけないから体力を残しておかなきゃ。そんな未来への不安をなげうって「全力疾走という今を生きた」ことは思いのほか、私にたくさんのエネルギーと気づきをもたらしてくれた。

ひまわり担当:斉藤智恵美