「心に咲く花会」樋野興夫コラム

一般社団法人がん哲学外来 理事長 樋野 興夫(順天堂大学 名誉教授)コラムです

第31回『一億本の向日葵』 ~「ありがとう」から伝わるもの~

第31回『一億本の向日葵』

~「ありがとう」から伝わるもの~

 

「ありがとう。」

私たちは毎日の生活の中で、当たり前のようにこの「ありがとう」という言葉を使っています。言葉を覚え、よちよち歩きをしながら他の子供たちと遊び始めた頃、誰もが「ありがとう」の使い方を教わったのではないでしょうか。感情とは無関係に瞬間的に「ありがとう」という言葉が出る。そのようにインプットされていると思う時もあります。4月6日㈯の午後、私は星野先生こと星野昭江さんに誘いを受け、佐久ひとときカフェにお邪魔致しました。時間ギリギリに到着した私はできるだけ音を立てないように、まるで教室のようにセッティングされた佐久市民創錬センターの会議室に入りました。その日ゲストとして招かれていた山下先生は現役時代、中学校で教師をされていたということで、「新聞で見つけたひとときカフェの案内に先生の名前があったから」とたくさんの教え子の方々が恩師である山下先生に会いに来られていました。御年88歳、3年前に膵臓がんを患われて思うことについてお話をして下さいましたが、転倒して肋骨を痛めてしまったと、長くお話ができないことに「本当に申し訳ない。」と何度もお詫びの言葉を述べられながら、付け加えて「90歳の時にはもっと元気になってお話しますから!」と両手を上に上げ、ガッツポーズを見せて下さる姿に、会場には笑いが溢れました。一人一人がお話するカフェタイム、山下先生は何度となく「ありがとう」という言葉を口にされました。これからの生き方を考えたいという思いで来られた方、先生との思い出を語られる教え子の方々、それぞれの方が思いをお話される度に、その方の目を見てゆっくりと「ありがとう」とお伝えになる山下先生。話す順番が回ってきた頃には、私の胸はいっぱいになり、声を発した瞬間に涙が溢れました。それは紛れもなく、「あなたが居てくれることにありがとう。存在にありがとう。」という私が知る限りもっとも温かい「ありがとう」。何かの対価ではなく、存在そのものに対する「ありがとう」。私だけでなく会場全体がそんな愛情に包まれていました。

溢れだす涙を止めることができず焦る私の気持ちを癒したのも、「泣くという字はさんずいに立つと書きます。涙という字はさんずいに戻ると書きます。だから泣くということもとても大切です」という山下先生のお話でした。

「せわ上手に せわされ上手 どっちも上手になれたら いいな」

「できることは させていただく  できないことは していただく」

先生が用意して下さったプリントに描かれた切り絵ことばを二つほど。

愛情や「ありがとう」に込められた思いを差し出すことも、受け取ることも両方大切にする先生の姿勢。私たちは差し出すことの大切さは学んできていますが、病と共に生きることは受け取ることを学ぶ機会なのかもしれない。そんな風に思いました。

その日の帰り道、山下先生からの愛情に重ねて、17年前にお別れした祖父からの愛情もしっかり受け取った気がしました。

 

ひまわり担当🌻齋藤智恵美