「心に咲く花会」樋野興夫コラム

一般社団法人がん哲学外来 理事長 樋野 興夫(順天堂大学 名誉教授)コラムです

第54回『一億本の向日葵』 ~立場を超えて同じ光を見つめる~

第54回『一億本の向日葵』

~立場を超えて同じ光を見つめる~

誰かとの対話をしている時、誰かの話を聞いている時、自分に関わってくれた誰かの想いに触れた気がする時があります。9月7日、8日に松本市のやまびこドームで開催した「リレー・フォー・ライフ・ジャパン2019信州まつもと」で、本当の愛と幸せを心に届ける講演家の中村美幸さん、佐久総合病院地域ケアの医師で軽井沢あうんの家主宰の荻原菜緒先生のご協力の元、トークショー「それでも幸せは足元に~医師として、家族として、患者として~」を行いました。医師、家族、患者の想いはそれぞれに語られることあっても、どこか相容れない部分が感じられます。中村さんと荻原医師に出会い、お会いする度に、お話を聞かせて頂く度に、そしてそれを自分の中にフィードバックする度に、相容れないと感じていた部分に少しずつ風穴が空く気がしました。中村さんが生後500日で旅立ったご長男渓太郎くんと過ごした長野県立こども病院でのお話を本当に大切に、一分一秒を掬うようにお話して下さいました。渓太郎くんや一緒に入院している子どもたちから中村さんが受け取ったものは、不安や不満、悲しみを超えた“今を見つめて生きる力”、病床にある自分を超えて存在する“誰かを大切に想う心”、“存在そのものが愛”でした。また、渓太郎くんの治療に関わる医師、心の葛藤、渓太郎くんへの想いも手に取るように感じられました。荻原医師は乳がん治療に関わる中で湧いた疑問、そこから訪問診療や自宅を月に一回開放して行うメディカル・カフェ“軽井沢あうんの家”へと行きつくまでのお話をして下さいました。医師として、人として、患者さんの生き方に触れ、肉体の状況を超えて輝き始める姿に出会い、心動かされていくお話は渓太郎くんの担当医の姿と重なるようでした。患者である私はお二人のお話を通して、家族の想い、治療に携わって下さった医師の想いに触れ、一方的な思い込みの殻を少しずつ取り払うことができたというお話をさせて頂きました。“立場を超えて”というのは相互理解を深めるためのスローガンのようですが、それぞれの人間としての想いや心の痛みに触れた時、本当の意味で自分の心の痛みも和らぐのではないかと思います。

渓太郎くんの治療を担当していた先生が渓太郎くんの抗がん剤の点滴治療をする時に、ふと小さな声でこう囁いたそうです。

「本当は渓ちゃんの体にこんなもの入れたくないんだけどね。ごめんね。」

9月11日に55歳という若さで旅立たれた埼玉医科大学総合医療センター ブレストケア科教授矢形寛先生が、昨年ご出演されたラジオ日経「樋野興夫のがん哲学学校」をもう一度聴きなおしました。

「手術も抗がん剤も好きじゃないんですよ。患者さんを傷つけることですから。」

矢形先生のやさしさ溢れる言葉に涙が溢れます。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

ひまわり担当🌻齋藤智恵美