「心に咲く花会」樋野興夫コラム

一般社団法人がん哲学外来 理事長 樋野 興夫(順天堂大学 名誉教授)コラムです

第60回『一億本の向日葵』 ~リセットボタン~

第60回『一億本の向日葵』

~リセットボタン~

私には年子の兄が一人います。兄が4月生まれ、私が3月生まれで年子と言ってもほぼ2歳違いの私たち兄弟ですが、私にとって兄はいつでもライバルのような存在でした。運動も勉強も、遊びも、私は「お兄ちゃんに負けてたまるか!」ととても負けん気の強い男勝りな少女でした。私が小学生だった頃「ファミリーコンピューター(通称ファミコン)」というテレビゲームが流行っており、私自身はそんなに興味はなかったのですが、兄に負けまいとゲーム対戦をして遊んでいました。でも、ゲーム好きの兄にはほぼ負けるのです。そんな時に私を救っていたのはエンジ色の「リセットボタン」でした。このボタンを押すと今までの対戦はリセットされ、この戦いはなかったことになり、私の負けも不確定になります。その度に兄は我慢していたのか、毎回ケンカになっていたのか、今は覚えていません。

「リセットボタン」

私は人生の中で何度か「リセットボタン」あったらいいのにな・・・と思ったことがありました。現実が自分の思うようにならなかった時や他人と自分を比べて落ち込んだ時に、自分の選択に後悔した時、ふとファミコンのエンジ色の「リセットボタン」を思い浮かべます。卑怯だと自分を責めながら・・・。

そんな私が32歳で乳がんという病を得た時、「救われた」という感情が湧いてきたのは自然なことなのかもしれません。とても不謹慎なのですが、それが私の正直な感情でした。なので、いいのか悪いのか分かりませんが、私の乳がん経験は悲しみや困惑ではなく、感謝の気持ちから始まっています。「救われた」と言っても、現実が救われたのではなく、救われたのは「心」でした。それから私は、子供が新しい出来事や言葉を吸収するように、日々出会う感動という自分の心の躍動を一つ一つ大切に吸収しています。そして、がん哲学の活動を通して出会う方々の心の躍動も喜びと共に吸収しています。最近では自分や出会ってきた方々のがん経験と触れ合い、病との出会いが個性を拓く可能性をも含んでいることを実感します。

樋野先生の言葉に処方箋は、“人生を終える時”のことを端に置いたり、見て見ぬふりをすることはありません。その瞬間まで拓き続ける個性の可能性に目を向けて、支えてくれる言葉がたくさんあります。樋野先生やがん哲学、がん哲学を通して繋がる皆さまの存在に心から感謝します。そして、エンジ色の「リセットボタン」をいつも胸に持っていた少し卑怯で弱々しい私にも、大切な出会いを作ってくれたことに感謝しています。

樋野先生のとても素敵な新刊『日めくり 人生を変える言葉の処方箋』(いのちのことば社フォレストブックス)が必要な方に届きますように♪

ひまわり担当🌻齋藤智恵美