2025年5月14日新渡戸稲造(1862-1933)記念センターに寄り、順天堂大学保健医療学部 診療放射線学科2年生の2コマ授業【『病理学概論』&『がん医療科学』】に赴いた。
『病理学概論』では 教科書『カラーで学べる病理学』を用いて、約120名の学生と『循環障害/炎症』の箇所を音読しながら進めた。 『がん医療科学』では、『がん細胞から学んだ生き方 〜「ほっとけ 気にするな」のがん哲学』(添付)の4章【『がん哲学』での『言葉の処方箋』/『がん哲学外来』を開設してわかったこと/ 人生から期待されている/ リンゴの木を植える/『言葉の処方箋』とは/『言葉の処方箋』の例/『言葉の処方箋』は がん治療に有効か/『ほっとけ気にするな』(添付)/死ぬという大事な仕事/ がん治療は楕円形で/ 暇げな風貌と沈黙/ 具体的な対話の例/】の箇所を音読しながら進めた。
『リンゴの木を植える』の箇所で、マルテイン・ルター(1483-1546)とビクトリア・フランクル(1905-1997)を説明した。
ペスト流行の時代に、ルターは、王の避難命令を無視して、近くに居る困ってる人に手を差し伸べた。 過度の自粛でも軽度自粛でもなく、常識的に狭き門、真ん中を通る人物! 対話によって『その人らしいものが発動してくる』(フランクル)。まさに、『大切な存在』(to be)と言ってくれる者の『声』であろう。
アウシュビッツを自ら体験したフランクの『希望』(『夜と霧』)は、『明日が世界の終わりでも、私は今日りんごの木を植える』(ルター)行為を起こすものであろう。 新渡戸稲造は、理想と確信を堅持して、【『我輩は専門センス(専門的知識)は教えない。 コモンセンス(常識)を教えるのだ』】と言った。 まさに『見る人の 心ごころに まかせおきて 高嶺に澄める秋の夜の月』の心境である。 これが、『教育の実践』でなかろうか! 多数の質問もあり真摯な学生の姿勢には、大いに感動した。 大変貴重な日となった。

