2026年5月2日『ひばりヶ丘駅―>池袋駅―>東松山駅』に向かい 吉見キリスト集会所での『がん哲学外来 よしみがんカフェ3周年記念会』(代表 坂口喜久二氏)に赴いた。 会場は、多数の参加者であった。『花(隅田川)』&『茶摘』&『こいのぼり』の合唱で始まった。 その後、筆者は 講演の機会が与えられた。
筆者の【わからないことを わからないと語るには『愛』しかない】文章が配布された(下記)。大いに感激した。
【がん告知を受けた人は一度や二度は、『なぜ、自分ががんに?』と考えるようです。 最近は何人もの医師を受診し、いくつもの病院を訪ねる、いわゆる『セカンドオピニオン・ショッピング(ドクター・ショッピング)』をする患者が増えていますが、なんとかその答えを得たいという気持ちも、そうせざるを得ない要因になっているのではないでしょうか。
しかし、その『なぜ』に対する正解はありません。 医師はそれぞれ自分の見解を伝えるでしょう。 そのどれもまちがってはいないのですが、絶対的なものではないのです(もっとも、がんには標準治療というものが定められていますから、大学病院やがん拠点滅院で示される治療法には大きなちがいはありません)。
わたしは、わからないことはわからない、と答えるのがいいと思っています。『それじゃあ、患者としては納得できない。 家族だってそう』そう考える人が少なくないかもしれません。 ただ、『わかりませんね』というのでは納得できなくても無理はありません。
納得感の要は『愛』です。 愛をもって、わからないことはわからない、と答える。 別のいい方をすれば、患者や家族が、『この人は心の底から自分のことを思ってくれている』と感じていれば、納得感が生まれるのです。
患者と家族の間でもシビアな部分に触れる話題が出ることもあるでしょう。『わたしはいつまで生きられるのかしら?』 そこで、『大丈夫』といったって患者にはその場をとりつくろう言葉にしか聞こえません。 そんなときこそ、愛で語る『わからない』です。『わからないな。でも、最後まで一緒にやっていこう』 患者の心に火を灯す言葉です。】
その後、『がんカフェ』が行われた。 筆者は、別室で、3組の個人面談の機会が与えられた。 『365日の紙飛行機』の合唱で終えた。 そして、『夕食会』と『質問コーナー』が持たれた。 大変有意義な充実した貴重な時となった。




