「心に咲く花会」樋野興夫コラム

一般社団法人がん哲学外来 理事長 樋野 興夫(順天堂大学 名誉教授)コラムです

第154回「心に咲く花会」 「聡く & 素直」 〜 「地の塩 & 世の光」〜

いよいよ今夜(2021年7月23日 8:00 pm)東京五輪(オリンピック)が、東京・国立競技場で、無観客で開会との事である。 オリンピックの開会式に合わせ4連休(22日〜)が始まった。 オリンピックの開会をめぐる混乱も 毎日のように新聞に報道されている。 今朝『太陽がくれた季節』(本田路津子)、『すきま風』(杉良太郎)を拝聴した。 オリンピックの開会式、閉会式にドキュメンタリー映画『がんと生きる言葉の処方箋』サウンドトラック&コンセプトアルバム『音楽の処方箋』のNo.16の曲『ほっとけ 気にするな』が、オリンピックに流されたらと「冗談ぽく」さりげなく語っておいた。 今朝、「コロナ騒動 オリパラ騒動で 病む者には解毒剤として有効です。」とのユーモア溢れるメールも届いた。

 

連休の24日、25日は、『がん哲学外メデイカル・カフェ in 世田谷深沢』と『がん哲学外メデイカル・カフェ@よどばし』が企画されている(添付)。 「いいですか。 わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。 ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい」(マタイ10章16節)。 「あなたがたは、地の塩です。――。あなたがたは、世の光です。 山の上にある町は隠れる事ができません。」(マタイ5章13、14節)が、何故か鮮明に蘇ってきた。

 

新渡戸稲造(1862-1933)は、生涯に約1000点にものぼる膨大な量の文章を書いたと言われている。 筆者は、『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年初版、2018年新訂版、2019年英語版)として、新渡戸稲造に、真似て毎週、文書を書いている。 現時点では、『楕円形の心』は208号、『21世紀のエステル会』は156号、『心に咲く花会』は154回、『言葉ぼ院外処方箋』は66号で、ご合計584点の文章である。 まだまだ、新渡戸稲造の足元にも及ばない。


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第153回「心に咲く花会」 自由にして勇気ある行動 〜 「私たちは、いまや分れ道にいる。」 〜

2021年7月14日 順天堂大学 保健医療学部 診療放射線学科『がん医療科学』(14:50〜16:20)の授業で、『沈黙の春』と「新渡戸稲造国際連盟での功績」を質問された。 大いに感激した。

 

沈黙の春(Silent Spring)』(1962年)は、「環境問題のバイブル」と言われるアメリカの海洋生物学者:レイチェル・カーソ(Rachel Carson 1907-1964)の本で『環境発がん 〜 アスベスト中皮腫〜』を研究している筆者にとっては、学びであった。 日本語翻訳は、戦後初代東大総長であった南原繁(1889-1974)のご長男:南原実 先生(東京大学教養学部 名誉教授)(1930-2013)によって出版されている(青樹簗一のペンネームの為に知る人ぞ知る)(1974年 発行:新潮社)。 筆者は、現在、3代目代表を務める「南原繁研究会」(2004年) 以来、南原実 氏とは毎年、wifeと一緒にご自宅に招かれ、夕食をしながら、親しい深い学びの時が与えられたものである。 まさに、筆者にとっては『未来に生きる君たちに』(南原実)の貴重な得難い「人生の特別ゼミナール」の対話学の実践の場であった。 最終章17章『べつの道』は、「私たちは、いまや分れ道にいる。」で始まる。 長野県にある青木湖(「青木湖学問所」)に、お住まいの南原実 先生の娘さまの『南原実回想文集』に、筆者は、「南原実 先生との出会い」の寄稿させて頂いた。 南原実 先生は、東京と長野、秋田にも、それぞれ居を構えておられた。 南原実 先生の肝いりで、秋田県北秋田市の阿仁公民館で「これからの医療を考える―がんになってもがんで死なない」シンポジウムに招かれた。 地元の特性をどう活かしていくか、まさに「地方(ぢかた)学」の実践である。 筆者は「がん哲学外来」のタイトルで講演の機会を与えられた。 会場は満員の盛況であった。 南原実 先生ご夫妻と楽しい一時を過ごした。 忘れ得ぬ人生の良き想い出である。

 

新渡戸稲造(1862-1933)の国際連盟事務次長時代 (1919-1926) の大きな功績として、「オーランド諸島の領土紛争の裁定」の解決と「知的協力委員会(Committee on Intellectual Co-operation)」を構成し知的対話を行ったことが挙げられるであろう。 世界の幸福を願い、世界中の叡智を集めて設立した知的協力委員会には哲学者ベルグソン(M.H.Bergson)や物理学者のアインシュタイン(M.A.Einstein)、キュリー夫人(Mme. Curie-Sklodowska)ら著名な有識者12人が参加し、第一次世界大戦後に困窮が著しかった各国の生活水準の調査や知的財産に関する国際条約案を検討し、各国の利害調整にあった。 1922年8月1日に第1回委員会が開催されている。 国際連盟の事務局次長であった新渡戸稲造が その事務を担当した。 筆者らは、 2012年 「新渡戸稲造生誕150周記念事業」として「21世紀の知的協力委員会」(https://sites.google.com/site/cic21st/) を設立した。

『余の尊敬する人物』(矢内原忠雄岩波新書)の「(新渡戸)博士の残した精神こそ日本国民の最も必要とするところでありませう」の言葉が、今、預言的に生きる。 「日本国の天職」の自覚へと導く。 「時代を動かすリーダーの清々しい胆力」としての「人間の知恵と洞察とともに、自由にして勇気ある行動」(南原繁著の「新渡戸稲造先生」より)の文章が思い出される今日この頃である。「国民の理想とビジョンをつくり出すのは、根本において教育と学問のほかにはない」(南原繁)。 「賢明な寛容」を備えた「真の国際性」を目指したいものである。「小国の大人物 出でよ!」(内村鑑三;1861-1930)。

第152回「心に咲く花会」 『真の国際人』のモデル 〜 内村鑑三、新渡戸稲造、岡倉天心 〜

2021年7月10日『第25回 岡倉天心 記念 がん哲学外来・巣鴨カフェ「桜」』(代表:山本ひろみ 氏)の2周年記念特別講演『言葉の院外処方箋〜ほっとけ気にするな〜』に赴いた(添付)。 筆者は別室で、個人面談の機会も与えられた。 大変有意義な貴重な時であった。

山本ひろみ 氏(カエル🐸)を始め、スッタフの真摯な姿には、大いに感銘した。『ほっとけ 気にするな』の曲も流されていた!  講演後、『目白がん哲学外来カフェ』代表:森尚子 氏(ゴリラ🦍)、『がん哲学外来 ながれやまカフェ』代表:春日井いつ子 氏(逹磨インコ🦜)と、岡倉天心(1863 - 1913)の墓地(染井霊園)を見学した(添付)。「逹磨インコ🦜」様のサプライズ誕生会(添付)も企画され、最高であった(添付)。『松戸常盤平がん哲学外来カフェ』代表者:児島よし子 氏、『桜 がん哲学外来・カフェ』代表:須磨綾子 氏も参加されていた。

 

内村鑑三(1861-1930)の『代表的日本人』(1894年)、新渡戸稲造(1862-1933)の『武士道』(1900年)、岡倉天心(1863-1913)の『茶の本』(1906年)はともに英語で書かれ、日本の文化・思想を西欧社会に紹介したものである。 英語で、日本(人)を深く、広く、丁寧に海外に紹介出来た人物は、この3人ではなかろうか!  この3人は、「英語力と教養」を備えた明治以降の日本が誇れる人物である。 明治時代の3人の「格調高い英語力」と「深い教養」と「高い見識」には驚くばかりである。 100年後の現代に生きる我々は、「真の国際人の定義」を再考すべき時であろう。 『真の国際人』とは、「賢明な寛容」を持ち、「能力を人の為に使う」人物であり、明治維新以降、「内村鑑三新渡戸稲造岡倉天心」は、『真の国際人』のモデルであろう!  まさに、『真に勇敢なる人は常に沈着である。−−− 吾人はこれを「余裕」と呼ぶ。 それは屈託せず、混雑せず、さらに多くをいれる余地ある心である』(新渡戸稲造『武士道』より)。

 

筆者は、若き日から、内村鑑三の『代表的日本人』、新渡戸稲造の『武士道』、岡倉天心の『茶の本』を 繰り返し熟読したものである。 筆者は丁度20年前(2001年)に、岡倉天心(覚三)著『茶の本』(村岡博 訳 1929年岩波文庫)を拝読した。

「個人を考えるために 全体を考えることを 忘れてはならない」

「おのれを虚にして 他を自由に入らすことのできる人は、すべての立場を 自由に行動することが できるように なるであろう」

の文章には赤線が引いてあった。 「おのれの地歩を 失わず他人に譲ることが 浮世芝居の成功の秘訣である。」(岡倉天心)が、鮮明に思い出された。 来年3月に、シンポジウム『岡倉天心の現代的意義』が、企画されるようである。 楽しみである!


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第151回「心に咲く花会」 「時代は何を求めているか !?」 〜 「新しい道」 〜

昨日(2021年7月3日)東久留米の成美教育文化会館での講演会『コロナ禍を生きる 〜 心身の不安、悩みに向き合いながら 〜』に赴いた(添付)。 筆者は、『コロナ時代のがん哲学』として『コロナ時代を生きる5か条』(添付)を語った。『がん哲学 = 生物学の法則 + 人間学の法則』の説明もした(添付)。 参加の皆様は、熱心に真摯に聴講されていた。 大いに感動した。 早速、「樋野先生、今日は 素晴らしいご講演をありがとうございました。―― 内容も盛りだくさんであっという間の2時間でした。 寄り添うことの大切さ、話し手、聞き手の心持ちなど大変勉強になりました。 これからも 言葉の処方箋を思い出し 人生の山を乗り越えて 行きたいと思っております。」との心温まるメッセージが、wifeのメールを通して届いた。 今回、福島県いわき市の 森章 牧師の講演は、大変勉強になった。「時代は何を求めているか !?」が、今回のテーマとなった。 主催された Sobi Abraham氏の ルチラ/ RUCHIRA (東久留米/ インド料理)店では、コロナ禍の以前は、月1回日曜日の午後 内村鑑三(1861-1930)著『代表的日本人』と新渡戸稲造(1862-1933)著『武士道』の読書会開催の場を提供していただいていた。 本当に感謝である。 再開が楽しみである。



この度(2021年7月1日)「津田梅子の推薦を受けて奨学金を得、 新渡戸稲造 夫妻と共に渡米し、ブリンマー大学に学んだ 河井道(1877-1953)が 創設した恵泉女学園」の9代目理事長を拝命することになった(https://keisenjogakuen.jp/message/rijicho/)。 順天堂大学 医学部 病理・腫瘍学の教授(2003〜2019) を勤め、「新渡戸稲造記念センター 長」の筆者にとっては、「恵泉女学園」理事長とは、「新しい道」である。『野の花が、黄色に、紫色に、紅色に、白色に、おのずからその色に咲き出でて、自然の野辺を飾るように、教え子が、その良心と個性と境遇とに応じて、それぞれの独自の道をいき、人世の花野を彩らん』(新渡戸稲造)が 鮮明に蘇ってきた。 戦後、教育基本法の制定にあたった「内村鑑三新渡戸稲造」を師と仰ぐ東京大学総長の南原 繁(1889-1974)、恵泉女学園創立者の河井道は、共に「新渡戸稲造」の流れである。 現在、筆者は、南原繁 研究会 の代表も務めている。 [『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年 発行 イーグレープ、発売 いのちのことば社)(添付)の [「序文の中で、樋野興夫先生は 所詮われわれには、死ぬときは『畳1枚ほどの墓場』しか残らない。 『勇ましく高尚なる生涯』の生き様を見せるしかない。 精神的デフレが進む現代、『愉快に過激にかつ品性』を合言葉に … 総合ビジョンを問い直す機会になれば幸いである。と 述べておられる。」]との紹介文も届いた。 人生は不思議な人知を超えた流れであることを痛感する日々である。


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第150回「心に咲く花会」 「富士山🗻の旅」 〜 日本一を望みながら 〜

先日(2021年6月13日)の前橋市での『がん哲学外来学会』(添付)に参加されていた方から、「樋野先生のどこまでも 優しい語り口 柔和なお顔が スクリーンにあふれていましたお陰で 私達もそれに交じり合い大いに得をした思いです。 心から感謝致します。 人生を変える作品であると同時に、先生との出会いがなければ 果たせなかった事柄です。―― 残りの人生は おまけですので 一生懸命与えられた一つ一つ丁寧に生きて行きたいです。 立花隆 氏の逝去は 先生にとりまして本当に寂しいお知らせでした。 柳田邦男 氏の言葉を 読みながら おふたりの先生方と対談なさった樋野先生のお心を思っています。」と 心に染み入るメールを頂いた。 涙無くして語れない!

 

2021年6月26日 尼崎での『アスベスト患者と家族の会』主催の講演会に招待された(添付)。 新幹線の中で、雲に覆われた富士山を眺めた。「西に東に求められる場所にありがとうございます。 富士山🗻子 の先生も 日本一を望みながら尼崎ですね」との ユーモア溢れるメールを頂いた。 また、「富士山🗻の旅、楽しみですね。 5合目からの眺め、河口湖からの眺め、――」と 今秋は、「富士山🗻の旅」が企画されるようである。 驚きである! 皆様の『冗談を本気で実践する胆力』には、ただただ感服である。

 

尼崎の講演会は、大変貴重な充実した時であった。 日々勉強である。 講演会には、『長島愛生園』で知り合った方も参加されていた。 早速、「本日は有意義な1日を有り難うございました。 ご講演はもちろんのこと、患者さまのお話しが聞けたことも、4人でおしゃべりできたことも、全てが楽しくてためになる宝物になりました。」、「樋野先生のお話を 初めてお聞きしたのは2015年、聖路加国際病院にて---。 日野原先生も お話しされたこと懐かしく思い出していました。」、『本日一番印象に残ったのは「天寿がん」という言葉です。 高齢者デイケアに勤務していますと、80~90歳位の方々は、本当に がんと共に歩んで来られた方が多い。 むしろそれは、武勇伝でもあり、自慢話でもあるくらいで、皆様むしろ笑顔で色々語ってくださいます。 今日「天寿がん」という美しい言葉を知り これから先、私のクライアントさんが、ご自身のがんの話をされた時は、機会があれば「天寿がん」という言葉をお伝えしたいし、少し離れた場所から、そっと「天寿がん」に寄り添える音楽療法士で ありたいと思いました。」、『もう一つの憧れは…「犬のおまわりさん」です。 この歌を歌う時は、犬のおまわりさんのことを思うと、私は気の毒になります…と言ってしまうのですが…私が「犬のおまわりさん」に、なりたいな…と 今日思いました。」との励ましのメールを頂いた。 

 

来年(2022年)は、長島愛生園の『愛カフェ️』10周年である。 10周年記念市民公開シンポジウムが楽しみである。 さらに、来年は、長島愛生園で働いていた精神科医神谷美恵子 氏(前田多門:1884-1962の娘)(1914-1979)が、こよなく敬愛した新渡戸稲造(1862-1933)の生誕160周年で、また、新渡戸稲造国際連盟事務次長時代(1920~1926)の1922年に設置した「国際知的協力委員会」(現ユネスコ) {当時のメンバーはフランスの哲学者ベルグソン (議長)、アインシュタインキュリー夫人ら 12 人 で 構成された。} の創設100周年でもある。

 

第149回「心に咲く花会」 新渡戸稲造イズム 〜 和解と共生 〜

2021年6月17日 東京女子大学の理事会に出席した。 東京女子大学は1918年に創立されている。 佐藤昌介(1856-1939)が、推薦して新渡戸稲造 (1862-1933)は 学長に就任したといわれている。 佐藤昌介は、札幌農学校の第1期生として札幌農学校(1876年開校)の初代教頭 ウィリアム・スミス・クラーク(William Smith Clark;1826-1886)に学んだ。 1899年には、新渡戸稲造と共に、日本で初めて農学博士の称号が与えられている。 1918年 北海道帝国大学 初代総長となり「北大育ての親」とも呼ばれている。 北海道大学構内にある胸像「佐藤昌介像」を見学したのが、懐かしい思い出である。 1918年 新渡戸稲造は、東京女子大学 初代学長に就任。 職務にあたたのは、わずかで、1年後(1919年)ヨーロッパにわたり、1920年 国際連盟事務次長に就任している。 新渡戸稲造が、東京女子大学第1回卒業式の祝辞として送った手紙の中に、「1」本校は、― 知識よりも見識、学問よりも人格を尊び、人材よりは人物の養成に重きを置くこと、――人格主義、個人主義の教育を目標とすること。2)―本校においては形式を排除すること、――強制をしないこと。」とある。

 

新渡戸稲造が国際連盟事務次長であった 1922年に「国際知的協力委員会」(現ユネスコ)を設置し、当時のメンバーはフランスの哲学者ベルグソン (議長)、アインシュタインキュリー夫人ら 12 人で構成された。 筆者の東京女子大学との繋がりは、検事総長退任後に、東京女子大学理事長に就任された原田明夫 氏 (1939-2017) との出会いである。 1999年に遡る。 筆者の新渡戸稲造について書いた文章(記事)を読まれた原田明夫 氏から電話があり、原田明夫ご夫妻、筆者と妻の4人で学士会館で会食した。 原田明夫 氏は 盛岡地検の検事正時代に、地元南部藩出身の新渡戸稲造著『武士道』に魅かれ、 研究論文を書き上げられている。 大いに話が弾んだ。 それが2000年、東京・青山の国連大学での「武士道 100周年」記念シンポに繋がった。 同時に一番の思い出は、月 1 回 6:30pm 〜 六本木の原田氏の自宅で、朋子夫人の手料 理のカレーをいただきながら「21世紀の知的協力委員会」を開催したことである。 新渡戸稲造は、「平和のための砦の前哨基地」(国際連盟) で、東西文化の融和を図るところに世界の平和、人類の幸福があると訴え、その実現のため に奔走したのだ。 1927年、6年半のジュネーブ生活をあとにする時は、40数か国、600人 の事務局員から「送別の辞」が贈られた、と原田明夫 氏の論文にある。


2002 年『新渡戸稲造生誕 140年』、2003 年『新渡戸稲造没後 70年』、さらに 2004 年には、 国連大学で『新渡戸稲造 5000 円札さようならシンポ』を一緒に開催してきた。 2003年は、新渡戸稲造の母校札幌農学校のある札幌でシンポジウム「なぜ、今、新渡戸稲造な のか?〜遠い過去を知らずして、遠い未来は語れなし〜」が開催され、原田明夫 氏は「新渡戸稲造に 学ぶ・和解と共生への条件」、筆者は「新渡戸稲造との出会い」を講演した。 それが、『われ 21 世紀の新渡戸とならん』(日本語版 & 英語版)の出版に繋がった。 原田明夫 氏との「人生の邂逅」は、筆者の貴重な宝である! 順天堂大学に就任して、2004 年に、国連大学で『新渡戸稲造 5000 円札さようならシンポ』を開催した。 また、2013 年の『新渡戸稲造 没80周年・新島襄 (1843〜1890)生誕 170周年シンポジウム 〜 今、懸け橋をつくる。― 国を超えて、時を超えて! 〜』が、走馬灯のよう に駆け巡ってくる。 そして、筆者は、2019 年に「新渡戸稲造記念センター 長」に招かれた。


原田明夫 氏は、東京女子大学で、「多様性と共生への視点〜世界で・社会 で・家庭で〜」と話されている。 「争いのない社会を築くために 何を拠りどころに考え、行動すればよいのか」、「国際社会で尊敬を集め、活躍するには日本人はどうすればよいか」は、混迷する世界、低迷する日本の国際的地位向上の「新渡戸稲造イズム」である。まさに、新渡戸稲造の精神「賢明な寛容性」であろう!

第148回「心に咲く花会」 立居振舞い 〜「人材育成の場」〜

2021年6月12日オンラインでの第10回「がん哲学外来コーデイネーター養成講座: 人生の邂逅に見る不連続の連続性」(群馬医療福祉大学本町キャンパスに於いて)に赴いた。 第10回「がん哲学外来コーデイネーター養成講座」実行委員長 伊勢崎市民病院 外科診療部長 片山和久 先生と スッタフの皆様のごお働きには、だだただ感謝である。 多数に参加者であった。 総合司会 車屋知美 氏(福井済生会病院 臨床心理士)のもと、「開会挨拶」:片山和久 先生 & 群馬医療福祉大学学長 鈴木利定先生で、始まった。 「ガイダンス:がん哲学外来コーディネーター養成講座の目的」:安藤 潔 先生(がん哲学外来市民学会 副代表・東海大学医学部血液・腫瘍内科 教授)の後、教育講演1:「キャンサー・サバイバーシップを考える ~ 寄り添うとは何か ~」(キャンサーソリューションズ 代表取締役社長 桜井なおみ 氏)、教育講演2:「日常からのコンフリクト対応 ~ 客観視のススメ ~」(Office 風の道 KAZENOMICHI代表/利根中央病院皮膚科 永井弥生 先生)は、大変貴重な講演であった。 筆者は、がん哲学外来市民学会 代表として、講評の機会が与えられた。まずは、
 病気になったとき、人はどのように感じ、何を考えますか?
 家族は、どのように患者さんを 支えることができますか?
 周りの人は、どのように患者さんを 支えることができますか?
 人の支えは、患者さんに、どのような効果をもたらしますか?
を話し、次に、「認定コーディネーター 〜 あるべき姿勢、なすべき事 〜」としての「奥ゆかしさは 最も無駄のない立居振舞い」3箇条
 生活環境や言葉が違っても心が通えば友達であり、心の通じ合う人と出会うことが人間の一番の楽しみである
 学問より実行
 何人にも悪意を抱かず、すべての人に慈愛を持ってまさに、「いぬのおまわりさん= 困っている人と、一緒に困ってくれる人」の「人材育成の場」でもあろう。動機は「なすべきことを なそうとする愛」であると語った。
「がん哲学外来市民学会〜コーディネーター養成講座〜」の意義・使命・役割は、ここにあろう。 「ニーモアに溢れ、心優しく、俯瞰的な大局観ある人物」&「自分の力が人に役に立つと思うときは進んでやれ」の実践である。 」がん哲学外来市民学会認定制度委員長:宗本義則 先生」(福井済生会病院 副院長 外科主任部長)の「閉会挨拶」で1日目を終えた。
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